アロース(D-allose)
希少糖D-アロースはD-グルコースのC-3 位エピマーです。海藻や胎児の臍帯血に含まれていることが報告され、アロースの自然界での役割について新たな発見が待たれます。
アロースはアルロースを原料としてラムノースイソメラーゼという酵素で処理して生産することができます。グルコースと同じアルドヘキソース(アルデヒド基を持つ六炭糖)であるアロースは、甘味度は砂糖の80%程度で、砂糖に近い自然な味質を持ちます。代謝に関しては、90%以上が摂取後24時間以内に尿中に排泄されます。アロースが有する主な生理機能は抗酸化作用と癌細胞増殖抑制作用です。
アロースの抗酸化作用は、ビタミンCやポリフェノールなど還元力を機序とする抗酸化剤とは異なり、種々のストレス時に細胞から発生する活性酸素の産生を抑制することが特徴です(J Biosci Bioeng, 2003, 96: 89-91)。すでに多くの研究で幅広い細胞や臓器で効果があることが分かってきています。 生活習慣病の高血圧においては、主として動脈の血管内皮で発生する活性酸素が血管を障害して血圧上昇を誘発することが一因です。アロースはその活性酸素産生酵素の産生を抑えることがわかりました。それにより血圧上昇が抑制されると考えています(J Hypertens, 2005, 23: 1887-1894)。
食塩を多く含む食餌により高血圧を発症するDahl(ダール)ラットを用いた実験で、高食塩食群では低食塩食群に比べて血圧の上昇度が大きく飼育後3週間では150mmHg を越えていました。高食塩食とともに1㎏体重あたり2gの量のアロースを一緒に摂取させたラットでは血圧上昇が著明に抑えられました。
動脈の切片を作成して活性酸素をピンクに染める方法で観察したところ、正常あるいはDahlラットの低食塩群では活性酸素の発生が少なかったものが、高食塩食では大量の活性酸素が発生していることが分かりました。アロースはその発生を著明に抑制していました。生活習慣病のひとつである高血圧症を予防するような機能を持つことから、特定保健用食品としても有望な素材であると考えられ、ヒトでの試験も既に実施しています。
また、活性酸素は多くの神経変性疾患に対しての病因のひとつとなっています。活性酸素の大量発生が原因とされる脳梗塞においてアロースが改善効果を示すことを報告しています(Brain Res Bull, 2014, 109: 127-131)。
アロースには癌細胞増殖抑制作用も報告されています(Int J Oncol, 2005;27:907-912)。癌細胞を十分な栄養を含む培養液中で培養すると、急速な速度で増えて行きます。その培養液中に、グルコース、アルロース、アロースをそれぞれ10mM(1.8g/リットル培養液)加えて培養したところ、グルコースとアルロースでは癌細胞が増えましたが、アロースではその増殖が強く抑えられました。
香川大学の研究で、アロースが癌細胞に作用して癌抑制遺伝子産物であるTXNIP(Thioredoxin interacting protein)の発現を促進することを発見しました(Int J Oncol, 2008, 32: 377-385)。 このタンパク質は正常細胞では十分に存在していますが、多くの癌細胞では著しく減少しています。その発現をアロースが促進します。また癌細胞への糖の輸送を抑制するという働きも明らかになっています(Tohoku J Exp Med. 2016;238:131-41)。動物実験でも移植した癌細胞の増殖がアロースにより抑えられたとの報告が出ています(Ann Otol Rhinol Laryngol. 2010,;119(8):567-71)。同グループは放射線治療や抗癌剤の治療との併用効果を調べる研究を進めています。
最近になり、香川大学医学部泌尿器・副腎・腎移植外科のグループが、アロースが腎細胞癌に特異的に取り込まれること、そして動物モデルにおいてアロースに抗腫瘍効果があることを証明しました(Int J Mol Sci. 2022;23, 6771)。アロースを用いた腎細胞癌の治療法の開発研究を開始し、日本医療研究開発機構(AMED)の2024年度「橋渡し研究プログラム」に採択されました。本研究は2022年に香川県に拠点を置くセトラスホールディングズ(マグミット製薬株式会社)との連携下で推進されています。根治切除治療ができない腎細胞癌(転移などで外科的に摘除できない病期)に対する新治療法の開発につながることが期待されています。
タガトース(D-tagatose)
タガトースは、天然に存在する六炭糖の希少糖の一種で、熱帯植物Sterculia setigeraに存在するほか、加熱した乳や発酵乳製品に含まれています。砂糖に近い甘さで、甘味度は砂糖の90%程度です。タガトースのエネルギー値は2kcal/gで低カロリーな糖質です。乳糖を原料とした安全性の高い糖で、海外では食品として使われています。
化学式はフルクトース(果糖)、アルロース、ソルボース等と同じC6H12O6ですが、糖の構造が一部分だけ異なっています。ちなみにタガトースは、ソルボースを原料にDタガトース3-エピメラーゼ(アルロースを生産する際に使用した酵素)を用いて生産します。
香川大学と三井化学アグロ株式会社の共同研究チームは、タガトースが多くの主要農作物に重大な被害をもたらしている植物病原菌に対して強い「抗菌機能性」を持つことを発見しました。研究内容は、Nature系の国際学術誌「Communications Biology」(オンライン版)(Commun Biol. 2020; 3(1):423)に発表しています。タガトースに固有のこの「抗菌機能性」の発見は、学術的に極めて重要であるとともに、人・環境にやさしい新しい概念の農薬の開発に結びつく可能性があり、更なる展開が期待されています。
虫歯は全人類において発生率の高い疾患であり、その原因は砂糖と口腔内常在菌のストレプトコッカス・ミュータンス(Streptococcus mutans以下「S. mutans」と略)とされています。希少糖の一つ、キシリトールはS. mutansの増殖を抑える糖として知られ、日常生活において嗜好品・食品に使用されて「虫歯予防効果」を示していることは広く一般に知られています。
S. mutansが虫歯菌と言われる理由は、①口腔内常在性菌である、②糖から酸を産生し歯を溶かす、③歯垢(プラーク)の基となる不溶性グルカンを産生する、
という点に起因しています。 香川大学歯科口腔外科は、希少糖のうち、D-アルロース、D-タガトース、L-アルロース、L-タガトースに注目し、S. mutansの培養液にれらの糖を添加し、S. mutansの増殖や酸産生、不溶性グルカンの産生等への影響を調べました。そして、D-タガトースに最も高い効果があることを見つけました。(Mol Med Rep. 2018 Jan;17(1):843-851)。
同グループでは、ガムにD-タガトースを用いた研究も実施し、キシリトールと同様に唾液中のS. mutansの増殖を抑えることを示しています(Acta Med Okayama. 2020;74(4):307-317.)。今後の実用化が期待されています。
希少糖含有シロップ
希少糖含有シロップは、香川大学や香川県産業技術センター食品研究所と松谷化学工業(株)の産学官連携で誕生しました。原料であるブドウ糖果糖液糖をアルカリ条件化で加熱することで異性化し、アルロースをはじめ種々の希少糖を含むシロップにしたものです。ブドウ糖と果糖が主成分ですが、希少糖としては12%以上含まれており、そのうちアルロースが最も多く、他にソルボース、タガトース、アロースなどが含まれています。ブドウ糖はエネルギー源として、果糖は甘味の質を高め、希少糖はその機能性が期待できるバランス甘味料となっています。
2019年8月には、血糖値の上がりにくい低GI(Glycemic Index)甘味料として機能性表示食品の届出を行いました。Glycemic Index(GI::グリセミック・インデックス)は食品ごとの血糖値の上昇度合いを示す数値です。食品の炭水化物50グラムを摂取した際の血糖値上昇の度合いを、ブドウ糖(グルコース)を100とした場合の相対値で表すものです。GI値が低いほど、血糖値の上昇に反映しにくい食品であることを示します。砂糖のGI値は64、希少糖含有シロップのGIは49です。GIが55以下で低GI食品となりますので、希少糖含有シロップは血糖値が上がりにくい低GI食品となります。
健常人45名において砂糖6gまたは希少糖含有シロップ8.8g(甘さをそろえるため砂糖より多い)を摂取させた後120分までの血糖値を測定したところ、30分以降において希少糖含有シロップでは砂糖に比べて血糖値の低下が認められています(日本栄養・食糧学会誌, 2017, 第 70 巻 第 6 号, 271-278)。
松谷化学工業㈱は、香川県の番の州に生産工場を建設し、2012年から希少糖の食品第一号となる希少糖含有シロップの販売を開始しました。その後多くの食品・飲料メーカー等で使用されています。また一般家庭では砂糖の代替甘味料として料理などに調味料として使われています。調理等のレシピもネット上で紹介されています。